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松山地方裁判所 昭和35年(ワ)383号 判決 1964年1月20日

原告 松岡儀十郎

被告 国

訴訟代理人 杉浦栄一 外五名

主文

被告は原告に対し金一三一万一、七三一円およびこれに対する昭和三五年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人の陳述要旨

(請求の趣旨)

「被告は原告に対し金一五四万〇、六四〇円およびこれに対する昭和三五年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因)

(一)  別紙目録<省略>記載の各不動産(以下本件不動産と略記する)は、いずれももと原告の所有であつたところ、昭和三二年八月一五日、株式会社西日本相互銀行が松岡千代吉を債務者とし、原告をその保証人とする相互掛金債務弁済契約公正証書に基き、松山地方裁判所に対して本件不動産の強制競売を申し立てた。

松山地方裁判所は、右申立に基き、同日本件不動産に対して強制競売開始決定をなし、次いで同年九月五日競売期日を同年一〇月一〇日、最低競売価額合計を金二四六万六、六四〇円として競売の公告をなした。ところが、右競売期日に相当の競買申出がなかつたため、同裁判所は、左記のように最低競売価額を順次低減して競売期日を繰り返し、結局、昭和三三年五月一三日の競売期日において石崎七助が合計金九二万六、〇〇〇円で競落したので、同年同月一九日その旨競落許可決定をなし、同決定は即時抗告期間の徒過によつて確定した。

表<省略>

(二)  しかし、右競売手続は左記の事由によつて違法であり、該違法手続がなされたのは関係国家公務員の過失に基くものである。

<1>  本件不動産上には差押債権者である株式会社西日本相互銀行の本件債権に先だつ負担として、一五番地の二、宅地四九坪八合二勺に対しては左記(1) の根抵当権が、その余の不動産に対しては左記(1) および(2) の根抵当権がそれぞれ設定され、その旨の登記がなされていた。

(1)  昭和三一年一二月二七日受付第二五、五五二号

原因同日継続的手形割引契約手形取引契約についての同日根抵当権設定契約

根抵当権者松山信用金庫

債権元本極度額二〇〇万円

特約若し手形金支払を怠りたるときは金一〇〇円につき日歩金六銭の遅延利息又は違約金を支払い、本契約条項に違背したるときは期限の利益を失う。

(2)  昭和三二年八月七日受付第一五、七一八号

原因同年七月二五日手形取引契約についての同日根抵当権設定契約

根抵当権者株式会社高知相互銀行

債権元本極度額五〇万円

特約この契約に違背し若しくは債務の履行を怠つたときは債務の金額につきすべて期限の到来したものとみなし、手形期日に支払を怠つたときは支払当日まで日歩五銭の割合の損害金を支払う。

債務者松岡正孝

したがつて、第一回競売期日における最低競売価額合計二四六万六、六四〇円をもつては、松山信用金庫と株式会社高知相互銀行の根抵当権の被担保債権合計二五〇万円を弁済するだけで、すでに剰余を生ずる見込みがないので、執行裁判所は民事訴訟法第六五六条の手続をとるべき筈であつた。ところが、本件競売申立書に添付の本件不動産の登記簿謄本に、株式会社高知相互銀行の根抵当権の記載が遺脱していたため、執行裁判所は差押債権に先だつ負担のうちに該根抵当権の被担保債権五〇万円を計上せず、したがつて右最低競売価額合計二四六万六、六四〇円をもつて差押債権に先だつ負担および競売手続費用を弁済して剰余を得る見込みありとして、民事訴訟法第六五六条の手続をとらなかつた。したがつて、右競売手続は違法というべきであるが、かかる違法な手続がなされたのは、国家公務員である松山地方法務局法務事務官が、本件競売申立書に添付の本件不動産の登記簿謄本を作成認証するとき、過失によつて株式会社高知相互銀行の根抵当権の記載を遺脱したことに基くものである。

<2>  仮に第一回競売に当つて民事訴訟法第六五六条の手続をとらなかつたことが違法でないとしても、

前記のように第一回競売期日に相当な競買申出がなかつたため、執行裁判所が新競売期日を定める場合は、民事訴訟法第六七〇条第六四九条第一項に従い、本件競売申立書に添付の本件不動産の登記簿謄本の記載に照らしても、すくなくとも松山信用金庫の根抵当権の被担保債権および競売手続費用だけでも弁済するに足りる見込みのある程度以下に、最低競売価額を低減することはできない筈であつた。ところが、執行裁判所は前記のように最低競売価額合計を右の程度以下に順次低減して新競売期日を繰り返し、競落許可決定をなした。したがつて、右競売手続は違法というべきであるが、かかる違法な手続がなされたのは、国家公務員である松山地方裁判所裁判官が、新競売期日を定めるとき、過失によつて最低競売価額合計と差押債権に先だつ負担との対比を怠つたことに基くものである。

(三)  原告は、右違法な競売手続によつて本件不動産を合計金九二万六、〇〇〇円で競落されてしまつたが、本件不動産の時価はすくなくとも第一回競売期日における最低競売価額合計二四六万六、六四〇円であるとみるべきであるから、その差額金一五四万〇、六四〇円の損害を蒙つた。したがつて被告は原告に対し該損害を賠償する責任がある。

(四)  よつて原告は被告に対し右損害金一五四万〇、六四〇円およびこれに対する不法行為後である昭和三五年一二月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁事実に対する認否)

被告主張の抗弁事実中、原告が執行方法に関する異議の申立をしなかつたことは認めるが、競落許可決定に対しては即時抗告を申し立てた、しかし期間経過後の申立であつたため不適法として却下された。その余の抗弁事実は全部否認する。

<証拠省略>

被告指定代理人等の陳述要旨

(請求の趣旨に対する答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因に対する答弁ならびに抗弁)

(一)  原告主張の請求原因事実中、本件不動産が原告の所有であつたこと、本件不動産について原告主張のような経過により強制競売手続がなされたこと、本件不動産上に原告主張のような根抵当権が設定され、その旨登記されていたことおよび原告主張の登記簿謄本にその主張のような登記々載事項の遺脱があつたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

(二)  本件不動産上には原告主張のような根抵当権が設定されていたので、その弁済をしない限り、いずれは本件不動産に対して根抵当権の実行をうけて競売されるべき状況にあり、而して我国の不動産競売においては公開主義がとられ、一般人が自由に参加できることとされているから、競落価格は時価の推定をうけるものというべきである。そうすると、本件不動産が競売されたのも結局時価で競落されたものとみるべきであり、その競落代金は原告の債務弁済に充てられたのであるから、本件競売によつて、原告には何等損害の発生がない。

(三)  また我国の民事訴訟法は第六五六条第六七〇条第六四九条等の諸規定を設けているが、その理由は専ら無益な執行を避けるという訴訟経済(公益)上の理由および優先権を有する債権者、差押債権者を保護するためであつて、債務者、物上保証人を保護するためではない。したがつて、右の諸規定に違反してなされた本件競売によつて、原告は何等の権利も侵害されてはいない。

(四)  仮に原告主張の請求原因事実が全部認められるとしても、本件競売手続が完結するに至つたことについては原告にも過失がある。すなわち原告は本件不動産の所有者としてその競売に重大な利害関係を有する者であつたから、自ら競売記録を検討する等、競売手続が適法になされているかどうかを監視すべき注意義務があつた。而して、原告がかかる注意義務を尽して競売記録を検討しておれば、原告主張の違法事由を発見でき、執行方法についての異議、即時抗告等を提出して本件競売手続の進行を阻止し得た筈である。しかし、原告は右のような注意義務を尽すことなく、本件競売に無関心で何等適正な措置を講じなかつたため、本件のような結果を惹起するに至つたものである。

<証拠省略>

理由

(一)  本件不動産が原告の所有であつたこと、本件不動産について原告主張のような経過で強制競売手続がなされたこと、本件不動産上に原告主張のような根抵当権が設定され、その旨登記されていたこと、および原告主張の登記簿謄本にその主張のような登記々載事項の遺脱があつたことは当事者間に争いない。

(二)  先ず、執行裁判所が第一回競売を行なうに当つて民事訴訟法第六五六条の手続をとらなかつたことが違法であるという主張について検討する。

原告は、本件不動産上の根抵当権の被担保債権合計が金二五〇万円であるというが、それは根抵当権設定契約の元本極度額合計を指していることは、その主張自体に照らして明らかである。しかし、民事訴訟法第六五六条にいう剰余の有無を判断する際に、最低競売価額と対比すべき優先債権は、差押債権者の債権に先んじて優先的に現実に配当を受くベき債権であるから、元本極度額によるべきではなく、その極度額の範囲内において貸し付けられた現実の被担保債権額によるべきである。そこで、(1) 成立に争いない甲第四号証の一、第五号証の二によれば、第一回競売公告をなした昭和三二年九月五日現在において松山信用金庫の貸付元金残高が金二〇〇万円、利息が金四万六、三六〇円、株式会社高知相互銀行の貸付金残高が金一五万円であること、(2) 成立に争いない甲第三号証の一、二によれば、松山市長から昭和三二年八月二三日付で同年度自転車税、固定資産税(一、二期分)および市県民税(一、二期分)合計一万九、一一〇円ならびに督促手数料合計八〇円、愛媛県松山財務事務所長から同年同月二四日付で同年度不動産取得税三、〇五〇円の、それぞれ交付要求があつたこと、(3) 成立に争いない甲第二号証の二二によれば、本件競売手続が完結した段階における総費用が金一万七、九一四円であることを、それぞれ認めることができる。

右事実によれば、第一回競売期日における最低競売価額合計二四六万六、六四〇円をもつて、差押債権に先だつ負担および手続の総費用をもすべて弁済して、なお剰余を生じる見込みありと認められるので、民事訴訟法第六五六条の手続をとるべき場合には該当しない。したがつて、執行裁判所が第一回競売を行なうに当つて同条の手続をとらなかつたことは、適法とはいえない。

(三)  次に、執行裁判所が新競売を行なうに当つて民事訴訟法第六七〇条第六四九条第一項に違反して最低競売価額を低減したことが違法であるという主張について検討するに、第二回競売の公告をなした昭和三二年一〇月一七日現在における優先債権としては、本件根抵当権の現実の被担保債権額が、成立に争いない甲第四号証の二、第五号証の一によれば、松山信用金庫の分が貸付元金残高二〇〇万円、利息七万八、二八〇円、株式会社高知相互銀行の分が貸付金残高一三万七、二一一円であることが認められ、その外に前記認定の各種税金合計二万二、二四〇円ならびに第二回競売までの手続費用が存する。したがつて、執行裁判所は新競売を行なうに当つても、これらの負担および手続費用合計を弁済するに足りる程度に最低競売価額を低減するに止めるか、またはそれ以下に低減すべきときは民事訴訟法第六五六条の手続をとるべき筈であつた。ところが、前記当事者間に争いないように、執行裁判所は第二回競売期日における最低競売価額合計を金二〇二万円に低減したが、この最低競売価額合計をもつては、差押債権に先だつ右根抵当権の被担保債権額と税金との合計額だけも弁済するに足りないことが計算上明らかであるのに、執行裁判所は民事訴訟法第六五六条の手続もとらなかつた。したがつて、第二回競売期日の手続は違法である。

その後、前記当事者間に争いないように、最低競売価額を更に順次低減して最後の競売期日に至つたのであるが、その間民事訴訟法第六五六条の手続をとつた形跡は全く認められないので、最後の競売ならびに競落期日における手続も違法であり、したがつて、これに基く競落許可決定も違法であることを免れない。

(四)  原告は、右のように違法な競売手続がなされたのは、国家公務員である松山地方裁判所裁判官の過失に基くものであると主張するので検討する。

本件競売手続が違法であるというのは、前記説明においては、本件登記簿謄本に遺脱していた株式会社高知相互銀行の根抵当権の分も含めて計算しているが、本件登記簿謄本の記載自体に照らして計算し、したがつて右銀行の分は考慮の外においても、前記認定のように、第二回競売の公告をなした昭和三二年一〇月一七日現在において、松山信用金庫の分が貸付元金残高だけで金二〇〇万円、各種税金合計が金二万二、二四〇円存するので、この合計額だけでも金二〇二万二、二四〇円となり、第二回競売における最低競売価額合計二〇二万円を超え、違法であることに変りない。

而して、松山信用金庫の貸付元金残高が金二〇〇万円存するということは、本件登記簿謄本記載の極度額に照らしても、一応、執行裁判所にとつて推認しうるところであり、また各種税金および督促手数料合計が金二万二、二四〇円存するということは、第二回競売の公告前の昭和三二年八月二三日および同年同月二四日に、それぞれ交付要求がなされているので、これも執行裁判所に明らかになつていたところである。したがつて、執行裁判所が職務上当然に用うべき注意を払つて優先債権額と最低競売価額とを対比しておれば、右のように、松山信用金庫の貸付元金残高と各種税金、督促手数料との合計額だけで、すでに最低競売価額合計を超えることにたやすく気付き、爾後形式上だけでも適法に手続を処理し得た筈である。そうすると、違法な競売手続が続行され競落許可決定がなされたのは、本件登記簿謄本に高知相互銀行の根抵当権の記載を遺脱した松山地方法務局法務事務官の過失とはかかわりなく、全く執行裁判所である松山地方裁判所裁判官の過失に基くものといわざるを得ない。

(五)  原告は、右違法な競売手続によつて、本件不動産の時価である第一回競売の際の最低競売価額合計二四六万六、六四〇円と競落代金合計九二万六、〇〇〇円との差額一五四万〇、六四〇円の財産的損害を蒙つたと主張する。

ところで、第二回競売のとき差押債権に先だつ負担および手続費用を弁済するに足りる程度に最低競売価額を低減するに止めていたのでは、相当の競買申出がなかつたのであろうということは、前記当事者間に争いない爾後の競売手続の経過に徴して、優に推認することができる。しかし、その場合執行裁判所は当然民事訴訟法第六五六条の手続によつて爾後の処理を遂行すべきものである。

そうすると、仮に執行裁判所が第二回競売のとき同条第一項の通知をしたとして、差押債権者である株式会社西日本相互銀行が同条第二項の申立をしない場合に、初めて原告は競売手続の取消により確定的に本件不動産の所有権を留保できる筋合である(その場合、競落時の時価と競落代金との差額の損害が発生する余地があるといえる)。

しかし、成立に争いない甲第六号証および証人佐伯英三の証言によれば、差押債権者である株式会社西日本相互銀行が、本件競売において、仮に民事訴訟法第六五六条第一項の通知をうけたとした場合、同条第二項の申立をなしたであろうか否かについては、そのいずれであるともいいかねるように認められるので、右銀行が、同条第二項の申立は全くしなかつたであろうと断定することは、営利を目的とする企業としての銀行を考えれば、困難であるといわざるを得ない。

したがつて、前記のような松山地方裁判所裁判官の過失がなかつたとしても、競売手続が取消となつて、その当時原告が本件不動産の所有権を留保できたであろうとはただちにはいいきれない筋合であるから、第一回競売のときの最低競売価額合計を本件不動産の競落時の時価であるとみても、結局、原告主張の額の損害ありと認めるに足りる証拠がないことに帰する。

(六)  しかし、この場合原告に全く損害が発生していないとはいえないのであつて、株式会社西日本相互銀行が民事訴訟法第六五六条の申立をすることもありうることであつて、その場合は競売手続が進行して本件不動産は第三者に競落されるか、すくなくとも右銀行がその申し出価額をもつてそれを買い受けることとなる筈であるから、すくなくとも右銀行の申し出価額と本件競落代金との差額は、特段の事情がない限り、原告が右違法な競売手続によつて蒙つた損害であると解すべきものである。そして、原告の本訴請求中にはその損害賠償の請求も含まれているものと解するのであるが、この場合、原告に発生した損害額を算出するためには、右銀行がどれだけの価額を定めて申し出るか、したがつて原告にどれだけの額の損害が発生したものと認められるかの点について検討すべきである。

ところで、右銀行がどれだけの価額を定めて申し出たであろうかについては、別段の証拠はない。しかし、右申立をする以上、すくなくとも執行裁判所が同条の手続をとるべきであつたときに現存する優先債権額と手続費用の合計額を下らない額でなければならない。そして、前記のような本件競売手続の経過に徴して、執行裁判所は第二回競売を行なうに当つてすでに同条の手続をとるべきであつたと認められるところ、第二回競売の公告をなした昭和三二年一〇月一七日現在における優先債権額は前記のように松山信用金庫の分が貸付元金残高二〇〇万円、利息七万八、二八〇円、株式会社高知相互銀行の分が貸付金残高一三万七、二一一円、各種税金合計二万二、二四〇円、以上合計二二三万七、七三一円であるので、右銀行の申し出価額はすくなくとも右優先債権額合計に第二回競売までの手続費用を加えた額を下らない額でなければならない。しかし、この手続費用の点については手続の総費用について甲第二号証の二二があるだけで、第二回競売までの手続費用ならびに爾後民事訴訟法第六五六条所定の手続による手続費用がどれだけであるかについて、計算上それを明らかにしうる証拠がないので手続費用の分は一応計算から除外して算定する外はないが、さような計算方法によつても右申出価額は少くとも優先債権額合計二二三万七、七三一円を下らない額であると認められる。なお、この価額は鑑定の結果によつて認められる第二回競売当時の本件不動産の時価をこえないものであることが明らかである。

してみると、松山地方裁判所裁判官に前記認定のような過失がなかつたとすれば、すくなくとも右優先債権額合計二二三万七、七三一円をもつて本件不動産は競落されるか、または買い受けられていた筈であるから、いずれにしても原告はすくなくともこの価額と本件競落代金合計九二万六、〇〇〇円との差額である金一三一万一、七三一円(なお正確には右適法な手続によつて競落され、または買い受けられていた筈であるときから本件競売手続の完結時までの間、右一三一万一、七三一円に対するすくなくとも年五分の割合による利息相当額を加算して右差額を算出すべきものであるが、しかし、この利息相当額の点については、適法な手続によつて処理した場合具体的には何時競落されまたは買い受けられたであろうかについて、それを明らかにしうる証拠がないので、計算の基礎となる起算日を確定できず、結局どれだけの額の利息が発生したかその数額を確かめるに足りる証拠がないことに帰するので、ここではこの利息相当額は計算から除外することとする)の損害を蒙つたものといえる。

(七)  なお、被告は本件競落価額が本件不動産の時価であるから、原告には損害がないと主張する。たしかに建前としては競売は公開され、一般人が自由にそれに参加できることとなつているが、その手続の性質上ある程度限られた期間内に目的物件の売却が強制され売却するか否かの自由を極度に制限されている上に事実上も一般人が広く自由に参加して競落価額を形成しているものとは、必ずしもいいきれない実情にあることは否定できないところであり、かかる事情と鑑定人菅省吾の鑑定結果とを併せ考慮するときは、競落価額がただちに一般の取引における時価であると考えるのは妥当でない。したがつて、この点の被告の主張は採用できない。

また、被告は民事訴訟法第六五六条等の諸規定は債務者、物上保証人を保護する規定ではないから、債務者の原告は権利を侵害されたとはいえないと主張する。しかし、右法条の趣意が主として無益な執行を避け、優先債権者を保護するということであるにしても、債務者等も競売手続が右法条に従つて適法に処理されることについて全然利益を有しないものと解することはできない。したがつて、この点の被告の主張も採用できない。

また、被告は損害額の算定について過失相殺を主張するが、本件では原告において執行方法の異議等の手段をとつておれば違法な競売手続の続行を阻止し前記損害の発生ないしはその額の増大を防止し得た筈であることが明らかであつて、さような手段をとらなかつたことにつき原告に全く過失がなかつたとはいえないにせよ、前記のような執行裁判所の過失の態様ならびに成立に争いない甲第二号証の一九、二一によれば僅かに期間経過後で不適法とされたが、原告が競落許可決定に対して一応即時抗告の手段をとつていること、鑑定の結果によつて認められる本件不動産の競落当時の時価(三二四万円以上)と競落代金(九二万六、〇〇〇円)との差が余りにも大きいこと等の諸事情を考え合わせると、本件の場合原告の過失は損害賠償額の算定についてはこれを斟酌しないのが相当である。したがつて、過失相殺の主張も採用できない。

(八)  以上の事実によれば、原告は、国家公務員である松山地方裁判所裁判官が過失によつて違法な競売手続を続行し競落許可決定をなしたことによつて、金一三一万一、七三一円の損害を蒙つたものというべきであるから、被告は原告に対し、右損害金一三一万一、七三一円とこれに対する右不法行為後である昭和三五年一二月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右認定の範囲内で理由があるのでこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本益繁 阿蘇成人 永松昭次郎)

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